本木雅弘さんと内田也哉子さんの家族には、俳優やモデル、音楽家など、さまざまな分野で活動してきた人がいます。
子どもたちの海外留学も知られていますが、家族全員が同じ学校や進路を選んだわけではありません。
長男UTAさんはドミニカン大学カリフォルニア校へ進学し、長女・内田伽羅さんはニューヨーク大学で人類学の学士号を取得。
母・也哉子さんにもスイスやパリで学んだ経験があります。
この記事では、祖父母から3人の子どもたちまで、7人の学歴と学びの歩みを一覧で紹介します。
学校名だけでなく、「同じ海外経験でも何を学んだのかは違う」という視点で見ていきましょう。
本木雅弘・内田也哉子の家族構成と学歴一覧
| 家族 | 主な学校・学びの歩み |
|---|---|
| 父・本木雅弘 | 浦和学院高校から明治大学付属中野高校定時制へ転校、のち中退。大学進学せず |
| 母・内田也哉子 | インターナショナルスクール、日本の公立校、スイスの高校、パリの大学で学ぶ |
| 長男・UTA(内田雅樂) | スイス留学、IMGアカデミー、ドミニカン大学カリフォルニア校 |
| 長女・内田伽羅 | 英国留学、ニューヨーク大学で人類学学士号取得。2024年にはパリの大学院で学ぶと紹介 |
| 次男・内田玄兎 | 幼少期に英国生活。具体的な学校名は今回確認した資料に記載なし |
| 母方の祖母・樹木希林 | 千代田女学園中学校・高等学校から文学座附属演劇研究所へ |
| 母方の祖父・内田裕也 | 大阪府立旭高校、三国丘高校定時制に在籍し中退。音楽の道へ |
本木雅弘さんと也哉子さんの子どもは、長男UTAさん、長女・伽羅さん、次男・玄兎さんの3人。
樹木希林さんと内田裕也さんは、也哉子さんの両親にあたります。
大学への在籍と卒業は区別し、大学院や居住地に関する情報には公表時期を添えています。
家族でも、公表されている学歴の詳しさはそれぞれ異なります。
父・本木雅弘と母・内田也哉子|日本と海外、それぞれの学生時代
本木雅弘は高校時代から芸能活動へ
本木雅弘さんは、浦和学院高校から明治大学付属中野高校の定時制課程に転校し、その後中退した経歴で紹介されています。
大学には進学せず、若い頃から芸能の仕事に取り組みました。
家族の海外留学歴が注目される一方、父自身は日本で学生生活を送り、仕事の現場へ進んでいます。
子どもたちの学歴を、父と同じ進路の延長として見ることはできないんですね。
詳しくは、本木雅弘の学歴と学生時代をご覧ください。
内田也哉子は、自分で資料を集めてスイス留学を希望
也哉子さんはkodomoeのインタビューで、日本の都立高校に入った後、フランス語を学べる海外の学校を自分で探したと話しています。
留学は、親に進路を決められたというより、自分の興味を説明して実現させた経験だったそうです。
The Fashion Postの本人対談では、高校はフランス語圏のスイス、大学はパリだったことも語られています。
大学名や学位の取得状況は、この対談からは確認できません。
詳しくは、内田也哉子の学歴と留学生活で紹介しています。
出典:The Fashion Post「振り返ると、すべてが繋がっている。
」(2024年7月2日)
本木雅弘の子ども3人の学歴|海外での学び方も三者三様
本木雅弘さんと内田也哉子さんの子供たちについて見ていきましょう。
長男UTA|バスケに打ち込み、大学ではメディア分野を専攻
UTAさんはスイス留学後、米国のIMGアカデミーへ進み、ドミニカン大学カリフォルニア校に在籍しました。
大学の公式選手プロフィールには、専攻が「Communications and Media Studies」と記載されています。
バスケットボールだけでなく、コミュニケーションやメディアの分野も学んでいたんですね。
なお、選手名簿は在籍を確認できる資料ですが、大学卒業を証明するものではありません。
詳しくは、UTA(内田雅樂)の学歴と学生時代をご覧ください。
長女・内田伽羅|人類学の学士号からパリの大学院へ
伽羅さんは12歳で英国へ留学し、2022年にニューヨーク大学で人類学の学士号を取得しています。
2024年のフィガロジャポンでは、パリの大学院でグローバルコミュニケーションを学ぶ姿も紹介されました。
兄はスポーツに打ち込み、妹は人や文化を考える学問へ。
同じ海外での学生生活でも、学んだ分野には違いがあります。
大学院の話は2024年時点の情報で、現在も在学中だと断定するものではありません。
出典:フィガロジャポン「UTAと内田伽羅 そしてモンブラン、手紙で繋ぐ家族の絆。
」(2024年7月22日)
詳しくは、内田伽羅の学歴と学生時代をご覧ください。
次男・内田玄兎|幼少期の英国生活と、日本での学び
也哉子さんは2023年のインタビューで、玄兎さんが2歳から7歳まで英国で暮らしていたと説明しています。
また、日本の文化や言葉を学ばせたいという考えから、日本で暮らしていることも語っていました。
この話は、幼い時期に家族と暮らした経験です。
兄姉と同じ学校だったと推測したり、現在の学校名を決めつけたりせず、公表されている範囲で整理しています。
出典:kodomoe「内田也哉子さんロングインタビュー【後編】」(2023年4月14日)
詳しくは、内田玄兎の学歴と学生時代をご覧ください。
祖父母の学歴|樹木希林と内田裕也の学びの場
樹木希林|大学受験前の出来事から文学座へ
樹木希林さんは千代田女学園で学びました。
本人の回想では、薬科大学の受験を考えていたものの、受験前のけがで予定が変わり、文学座の研究生募集に応募したと語っています。
1961年に演劇研究所の1期生になりました。
子どもの頃に周囲を見聞きしていた経験を、後に相手のせりふを聞く姿勢と重ねて振り返っています。
学校での学びと、仕事に結び付く力が、思いがけない形でつながる話です。
出典:朝日新聞 CRAFTWORKS「人生の贈りもの 役者・樹木希林(2)」
詳しくは、樹木希林の学歴と学生時代をご覧ください。
内田裕也|高校生活を経て、音楽の現場へ
内田裕也さんは、大阪の高校に在籍した後、大学に進まず音楽活動へ向かいました。
家族の中でも、海外の大学で学んだ孫たちとは異なる時代、異なる環境で、自分の表現の場を見つけた人です。
学校ごとの経歴は、内田裕也の学歴と音楽の道への歩みで詳しく紹介しています。
家族を比べて見えること|同じ道を選ばない学び方
この家族を「海外の名門校」という言葉だけでまとめると、日本で芸能活動を始めた本木さんや、文学座へ進んだ希林さんの歩みが見えにくくなります。
留学した家族の中でも、競技、語学、人類学と、関心はさまざまです。
共通点を探すなら、学校の知名度よりも、それぞれが学ぶ場所や取り組むものを選んできた点に注目したくなります。
家族の学歴は優劣をつける材料というより、一人ひとりの選択を知る入り口として読むと、よりおもしろく感じられますね。

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