『笑点』でおなじみの三遊亭好楽さん。
いつも穏やかな笑顔が印象的ですが、学生時代はどんなふうに過ごしていたのでしょうか。
好楽さんの出身校は、京華商業高校です。
卒業後は大学進学を考えていた時期もあったそうです。
高校を出て、すぐに弟子入りしたわけではなかったんですね。
今回は、好楽さんの学歴と、落語家になるまでのエピソードを紹介します。
三遊亭好楽の学歴一覧|出身高校は京華商業高校
| 学歴・時期 | 学校・学生時代のエピソード |
|---|---|
| 小学校 | 学校名は明らかになっていません |
| 中学校 | 学校名は明らかになっていません/バスケットボールを経験 |
| 高校 | 京華商業高等学校を卒業 |
| 高校卒業後 | 大学進学を考え、兄の家で約1年過ごす |
| 大学 | 進学先についての詳しい情報は明らかになっていません |
| 1966年 | 八代目林家正蔵(のちの彦六)に入門 |
好楽さんは、東京都文京区にある京華商業高校を卒業しています。
荒川区芸術文化振興財団のインタビューでは、弟子入りしたのは高校卒業の翌年だったと話しています。
三遊亭好楽の高校時代|寄席通いとバレーボール
中学はバスケットボール、高校はバレーボール
三遊亭好楽さんは、中学校ではバスケットボール、高校ではバレーボールをしていたそうです。
スポーツにも親しんでいたんですね。
池袋演芸場に通い、客席の前方で落語を聴く
高校時代には、寄席に出かけたことをきっかけに落語にも夢中になりました。
池袋の寄席へ一人で通い、前の席で聴いていたそうです。
キネヅカの本人インタビューでは、新聞配達で得たお金を寄席通いに使っていたことも明かしています。無料券を利用する日もありましたが、それだけでは足りないほど足を運んでいたそうです。学校の外にも、夢中になれる場所を見つけていたんですね。
客席では前座から最後の出演者まで、噺をじっくり聴いていたといいます。のちに入門してあいさつをした際、古今亭志ん朝さんに客席にいた高校生だと気づかれたというエピソードも。演じる側の記憶に残るほど、熱心なお客さんだったことが伝わってきます。
一人で何度も通うほど、落語が好きだったんですね。
今は高座に立つ好楽さんも、当時は客席で楽しむ高校生だったと思うと、親しみが湧きます。
高校卒業から入門までの「1年」|進学を考えた時間もあった
高校時代から落語が好きだった三遊亭好楽さんですが、卒業してすぐに弟子入りしたわけではありません。
兄のアパートで大学進学を考えた約1年間
2022年の「キネヅカ」のインタビューによると、卒業後は大学へ行こうと考えていたそうです。
明治大学に通っていたお兄さんのアパートに、約1年間居候していました。
明治大学に通っていたのは、好楽さんではなくお兄さんです。
ただ、受験勉強よりもアルバイトや寄席通いに気持ちが向いていたそうです。
大学進学を考えながらも、やはり落語からは離れられなかったんですね。
一方で、落語家になることには家族の反対があり、本人も映画や芝居への関心を持っていたと話しています。高校生の頃から落語一筋で進路が決まっていた、と単純には言い切れないところです。好きなものと仕事にするものをどう結び付けるか、考える時間があったのでしょう。
その後、三遊亭好楽さんは落語家の道へ進みます。
好きな落語を聴いて過ごすうちに、自分も演じる側になりたいという思いが強くなっていったのかもしれません。
出典:キネヅカ「三遊亭好楽に聞く!【前編】」(2022年4月13日)
三遊亭好楽の大学は?1966年に落語の世界へ
三遊亭好楽さんは大学進学を考えていましたが、実際の進学先については詳しい情報が明らかになっていません。
お兄さんと過ごした約1年の後には、落語家としての生活が始まりました。
八代目林家正蔵の「鰍沢」が弟子入りのきっかけに
1966年、三遊亭好楽さんは八代目林家正蔵さんに入門します。
師匠は、のちの林家彦六さんです。
出典:日テレNEWS NNN「三遊亭王楽、七代目円楽として『笑点』への野望」(2024年10月1日)
師匠選びの決め手も、キネヅカのインタビューで語られています。ラジオで聴いた八代目林家正蔵さんの「鰍沢」に心を動かされたそうです。吹雪の情景が声だけで伝わってくる表現に驚き、この人に学びたいと考えました。
それから師匠のもとを繰り返し訪ね、最終的にはお母さんも一緒にあいさつに行くことになりました。寄席で落語を楽しんでいた学生時代から、自分の師匠を選び、教えを請う立場へ。学歴をたどるときには、この入門という節目も欠かせません。
出典:キネヅカ「三遊亭好楽に聞く!【前編】」(2022年4月13日)
三遊亭好楽の小学校・中学校|子どもの頃から落語が身近に
小学校と中学校の名前は明らかになっていません。
子どもの頃の話では、ラジオの落語や映画に親しんでいたことが語られています。
母親と聴いたラジオが落語への入り口
キネヅカでは、お母さんがラジオの落語を聴いて笑う姿に興味を持ち、一緒に聴くようになったと振り返っています。最初から職業として落語家を目指したのではなく、家庭で触れた楽しさが入り口だったわけです。身近な娯楽との出会いが、高校時代の寄席通いへつながっていきました。
寄席に通うようになる前から、落語は身近にあったんですね。
ラジオで聴いていた落語を、やがて寄席で楽しむようになり、自分でも演じるようになったという流れが印象に残ります。
まとめ|三遊亭好楽は京華商業高校卒業後、落語家の道へ
三遊亭好楽さんは京華商業高校を卒業し、1966年に八代目林家正蔵さんへ入門しました。
卒業後には、大学進学を考えながらお兄さんの家で約1年過ごしていたそうです。
バレーボールをしたり、一人で寄席に通ったりと、学生時代の話からも好楽さんの人柄が感じられますね。
大学へ行こうかと迷った時期も知ると、落語家になるまでの道のりが、少し身近に感じられました。

コメント