数々の映画やドラマで忘れられない役を演じた樹木希林さん。
娘は内田也哉子さん、孫にはUTAさんや内田伽羅さんがいますが、希林さん自身はどんな学生時代を過ごしたのでしょうか。
樹木希林さんは千代田女学園で学び、高校卒業後の1961年に文学座附属演劇研究所へ入りました。
大学進学を考えていた時期もありましたが、受験前のけがが進路の転機になったそうです。
今回は本人の回想や学校側の公式情報をもとに、学歴と学生時代を紹介します。
あわせて、子どもの頃に周囲を見ていた経験が、演技で大切な「聞く力」につながったという、希林さんならではの話にも注目します。
樹木希林の学歴一覧|高校卒業後は演劇を学ぶ道へ
| 時期 | 学校・学び |
|---|---|
| 小学校 | 雑司谷小学校(本人が回想) |
| 中学校 | 千代田女学園中学校 |
| 高校 | 千代田女学園高等学校 |
| 大学 | 進学せず。薬科大学の受験を考えていた |
| 高校卒業後 | 1961年、文学座附属演劇研究所の1期生に |
朝日新聞の本人インタビューには、雑司谷小学校時代と千代田女学園に進んだ話が出てきます。
また、武蔵野大学の公式記事でも、千代田女学園中学校・高等学校の卒業生として樹木希林さんの名前が紹介されています。
出典:朝日新聞 CRAFTWORKS「人生の贈りもの 役者・樹木希林(2)」
樹木希林の高校・中学校は千代田女学園
樹木希林さんの学生時代をみていきましょう。
学校側の公式記事にも残る卒業生の名前
樹木希林さんの出身校である千代田女学園は、現在の千代田中学校・高等学校につながる学校です。
2026年4月の武蔵野大学公式記事では、新入生への挨拶の中で、希林さんの学生時代にも触れています。
そこでは、学校で学んだ仏教の教えが、後の人生を支えたという趣旨の話が紹介されました。
学校という場所が、卒業後に仕事を得るためだけでなく、迷ったときに立ち返る考え方を残すこともある。
希林さんの学歴を読むとき、そんな面にも目を向けたくなります。
なお、これは学校側が紹介した希林さんの歩みです。
特定の考え方だけで、その演技や人生のすべてを説明できるという意味ではありません。
出身校とのつながりを知る、一つの手掛かりとして読むのがよさそうです。
出典:武蔵野大学公式「令和8年度 新入生・教員が築地本願寺を参拝」(2026年4月20日)
高校時代は、薬剤師という進路も考えていた
希林さんは、最初から女優になることを決めていたわけではありません。
日刊スポーツの記者が父・中谷襄水さんへの取材を振り返った記事によると、薬剤師を目指して薬科大学の願書を用意していた時期があったそうです。
薬の専門職と、俳優という仕事。
後から経歴を見ると随分違う道に感じますが、卒業を前にした頃には、まだ選択の途中にいたんですね。
名女優として知られる姿をいったん離れて見ると、進路を考える一人の学生だったことが伝わります。
樹木希林は大学に進学した?受験前のけがが転機に
父と出かけた先でけがをして、受験できなくなった
大学受験を控えていた時期、父と出かけた先で足に大けがをし、受験を見送ることになりました。
この出来事は、希林さん本人の回想と、父への取材をもとにした記事の両方に登場します。
大学へ進めなかったことを、俳優になるための計画だったように読むことはできません。
当時は思いがけず予定が変わった出来事で、その後に別の選択肢と出会った、という順番です。
人生の転機は、その瞬間には先が見えていないこともあるんですね。
出典:日刊スポーツ「樹木希林さんの父が取材で語っていた意外な素顔」(2018年9月22日)
新聞の募集を見つけ、文学座の研究生へ
その後、希林さんは新聞で劇団の研究生募集を知り、文学座を受験しました。
朝日新聞の回想では、当時は女優になりたいという強い気持ちが先にあったわけではなく、通える場所を探していたことが語られています。
1961年、文学座附属演劇研究所の1期生となりました。
大学ではない別の学びの場で、演劇に関わる人々と出会い、仕事への道が開いていきます。
大学進学の有無だけを見ると抜け落ちてしまう、大事な学びの時期です。
樹木希林「話さない子」の観察が、役者の聞く力へ
樹木希林さんの小学校時代も深堀していきます。
小学生の頃は、周りを見たり聞いたりしていた
希林さんは子どもの頃、あまりしゃべらず、一人で過ごすことが多かったと振り返っています。
不登校新聞のインタビューでも、幼少期に周囲の人をじっと見ていたことや、運動が苦手だったことを語っていました。
後の歯切れのいい話し方からは、意外に感じるかもしれません。
けれど、子どもの頃の姿と、大人になってからの姿が同じでなくても不思議ではありません。
学生時代の一部分だけで、その人の可能性を決めつけられないことを感じさせます。
出典:不登校オンライン「難を受けてこそ人生よ 樹木希林さんに聞く不登校」
相手のせりふを聞く姿勢が、評価された
朝日新聞の回想では、先輩の長岡輝子さんから、相手のせりふをよく聞いていることを評価された話も出てきます。
希林さん自身も、幼い頃に周囲を見聞きしていた経験とのつながりを振り返っていました。
せりふを上手に言うことだけが演技ではなく、相手が何を言っているかを受け取ることも大切。
学歴をたどる途中で、そんな役者の学び方に触れられるのが、このエピソードのおもしろさです。
高校卒業後の学び|文学座はどんな場所?
文学座附属演劇研究所の公式案内では、希林さんも研究所出身者として紹介されています。
卒業生は舞台に限らず、映画・テレビ・声の仕事など、さまざまな分野に進んでいるそうです。
ここを「大学」と数えることはできませんが、希林さんが高校の後に演劇を学んだ場所として、学歴と経歴の間に置くと分かりやすいですね。
まとめ|樹木希林の学歴には、予定外の出会いがあった
樹木希林さんは千代田女学園で学び、大学受験前のけがを経て、文学座附属演劇研究所へ進みました。
小学生の頃の静かな観察と、役者として相手の言葉を聞く姿勢がつながる回想も印象的です。
出身校や大学進学の有無だけでなく、どこで何に出会い、それをどう受け止めたのか。
そんな視点で見ると、希林さんの学歴からも、その人らしい歩みが伝わってきます。
家族の学歴もあわせて読む:本木雅弘の学歴/内田也哉子の学歴/内田裕也の学歴

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