小田井涼平さんは兵庫県立川西明峰高校へ進学。
その後、神戸学院大学法学部で法律を学び卒業しています。(1990年代前半)
芸能界で俳優やタレント、純烈(元メンバー)として活躍する小田井涼平さんについて、どんな学生時代を過ごしていたのか、学歴や偏差値はどうなのか気になる方もいると思います。
そこでこの記事では、小田井涼平さんの学歴(大学・高校・中学校・小学校)や幼少期、学生時代、経歴について調査しました。
- 小田井涼平さんの学歴一覧(大学・高校・中学校・小学校)や経歴
- 小田井涼平さんの学生時代や幼少期のエピソード
小田井涼平の学歴一覧|大学・高校・中学校・小学校
小田井涼平さんの学歴一覧はこちらです。
【学歴一覧】
大学:神戸学院大学法学部(※最終学歴)
高校:兵庫県立川西明峰高校
中学校:不明
小学校:不明
また小田井涼平さんの学歴に関する内容のほか、大学・高校・中学校・小学校それぞれのエピソードも見ていきましょう。
【最終学歴】小田井涼平は神戸学院大学 法学部
【神戸学院大学法学部】
| 【学歴】 神戸学院大学法学部 有瀬キャンパス | |
|---|---|
| 偏差値 | 40〜50 |
| 学校の場所 | 〒651-2113 兵庫県神戸市西区伊川谷町有瀬518 |
| 他の有名人 | 武井壮(タレント・元十種競技選手) |
【学歴】小田井涼平さんは1990年前半頃に卒業しています。
学歴のほか、大学時代のエピソードも見ていきましょう。
大学時代エピソード
オリエンテーション中にたまたま練習を見ていたところ、そのまま勧誘され入部。
体育会系のため練習は非常に厳しく、毎日20時頃まで練習漬けだったそうです。
学歴マニア長身(188cm)を活かしてアタッカーとして活躍!
また大学は実家から通っていたため、電車の乗り継ぎで片道2時間半。
小田井涼平さんはしばしば乗り過ごすこともあったと語っていました。
一方、学業では、憲法や民事訴訟法などに興味を持ち、特に憲法9条は今でも暗唱できるほど記憶しているそうです。



頭もいいんだね~
体育会本部の委員に“あみだくじ”で選出
学園祭や大学対抗戦などの運営を担う体育会本部に、あみだくじで選ばれてしまい、行事前は準備に追われ、遊ぶ時間はほぼゼロでした。
しかし「これは試練だ」と前向きに受け止め、やり切ったと語っています。
一方、体育会本部では詰め襟学生服を着用する必要があり、面倒なので大学でもずっと学生服で生活ていたそうです。
授業では目立つため、逆に先生の目の前に座るスタイルになりました。
その結果、小田井涼平さんは授業に集中し成績はほとんどが「A」。
授業料免除に届きそうなほど優秀な成績だったと語っています。



小田井涼平さんの真面目な性格がわかるエピソードですよね



ちゃんとやるところが小田井涼平さんらしい
大学卒業後は家電メーカーに就職
研修後、同期は大阪・東京に複数人で配属されたのに、小田井涼平さんは1人だけ仙台へ配属され、友達づくりのためにモデル事務所へ 所属しCM出演などを果たしました。



なぜ小田井涼平さんが一人だけ仙台だったかというと、
みんなの中でしっかりしてたから大丈夫だと思って行かせたという
理由だったそうです。
モデルの仕事が増え、28歳で会社を辞めて上京し、その後、俳優・純烈メンバーとして活躍することになります。
小田井涼平の出身高校は兵庫県立川西明峰高校
【兵庫県立川西明峰高校】
| 【学歴】 兵庫県立川西明峰高校 | |
|---|---|
| 偏差値 | 42 |
| 学校の場所 | 〒666-0006 兵庫県川西市萩原台西2丁目324 |
| 他の有名人 | 白藤ひかり(津軽三味線デュオ「輝&輝(KIKI)) |
【学歴】小田井涼平さんは1986年4月に入学し、1989年3月に卒業しています。
学歴のほか、高校時代のエピソードも見ていきましょう。
バレーボール部に所属
身長188cmという恵まれた体格を活かし、部活動に打ち込む日々を送っていました。



父親の昔の練習着を使っていたと語っています。
また小田井涼平さんは高校時代に女子へ告白したことがあると本人がバラエティ番組で明かしています。
結果は「フラれてしまった」とのことですが、素直に語るあたりが小田井涼平さんらしいエピソードですよね。



青春だね~
バンド活動に熱中
コピーしていたアーティストは、BARBEE BOYSやユニコーンなど、当時人気だったロックバンドの楽曲だったそうです。
また2022年にソロでアルバムを出す際には、BARBEE BOYSを担当していたレコードのプロデューサーが担当することになり、とてもうれしかったと話していました。
もともとBARBEE BOYSの大ファンで、高校生のときにBARBEE BOYSのコピーバンドやってたぐらい好きだったので、で、その経緯を大滝さんもわかっているし、今回、久保さんから話がいって、「大滝さんと一緒に仕事を小田井さんがやりたいって言ってる」っていうのを聞いて、「それだったら いまみち 呼んでやろうか」って連れてきてくれたのは大滝さんなんですよ。
めちゃめちゃ嬉しかったですよ、「えっ!マジで!「ここで いまみちさんが来るの?え〜っ!」って思って。



コピーするほど好きなアーティストと一緒に仕事できるって
最高ですよね!



小田井涼平さんのソロアルバムよかった!
小田井涼平の出身中学校はどこ?
一方、小学校2年生で川西市に転居しているため、兵庫県川西市内の中学校に通っていたと考えられます。
【学歴】小田井涼平さんは年齢的に1983年4月に入学し、1986年3月に卒業していた可能性が高いです。
学歴のほか、中学時代のエピソードも見ていきましょう。
中学では陸上部
小田井涼平さんは中学では陸上部に所属していました。
種目は走り高跳びで、運動神経の良さはこの頃から際立っていたようです。
しかし中学2年生の頃に部活に行かなくなりました。
理由は、走り幅跳びの県代表になるような先輩がいたために、自身が大会に出られなかったことが理由だったそうです。



小田井涼平さん
運動神経いいのにちょっともったいないね
洋楽にハマる
小田井涼平さんは中学時代、洋楽にハマり、特に「Wham!」の大ファンでした。
とくにWham!(ワム)ジョージ・マイケルなどを好んで聴いていたと語っています。
五峰で経済的に余裕がなかったためレコードは買えず、小田井涼平さんはレンタルレコード店でアルバムを借りて聴いていたそうです。



小田井涼平さんの中学時代は、
「運動神経の良さが開花し、音楽への感性が育ち、質素な生活の中でたくましさを身につけた時期」といえますね。
小田井涼平の出身小学校はどこ?
ただし、本人のインタビューによると、小学校低学年まで大阪市此花区で過ごし、その後は兵庫県川西市に移り住んだことが明かされています。
【学歴】小田井涼平さんは〇年4月に入学し、△年3月に卒業しています。
学歴のほか、小学校時代や幼少期エピソードも見ていきましょう。
小学2年生で引っ越し
川西市では 虫捕り・ザリガニ捕り・ホタルを見るような田舎体験 があり、自然の中で暮らした幼少期だったそうです。



小児喘息じゃ大変だっただろうね
家庭環境は裕福ではなかった
実家はアパートで、風呂なし物件。
銭湯に行けない日はタライ風呂で体を洗っていたという、素朴でたくましい生活をしていたそうです。
また食事も缶詰中心で、シーチキンやサバ缶が主なおかずだったと語っていました。
小学校時代エピソード
小田井涼平さんいわく、小学校時代はとても素直で控えめな性格だったと振り返っていました。
また体格は小学生の頃から大きく、運動神経も良かったそうです。



小学校時代はミニバスケットボールをしていたそうです。
以上、小田井涼平さんの学歴についてお届けしました。
【学歴一覧】
大学:神戸学院大学法学部(※最終学歴)
高校:兵庫県立川西明峰高校
中学校:不明(兵庫県川西市内の学校が有力)
小学校:不明(兵庫県川西市内の学校が有力)
幼い頃や学生時代のエピソードは、今の小田井涼平さんを思わせるような話もたくさんあり、ほっこり癒されました。
これからも小田井涼平さんの今後を応援しています!
小田井涼平の経歴
小田井涼平さんの経歴や結婚についてみていきましょう。
芸能キャリアの経歴|純烈脱退理由
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社会人として仙台で働いていた時期に、モデルとして活動を開始。
その後、俳優としての道を歩み始め、2002年には『仮面ライダー龍騎』で**仮面ライダーゾルダ(北岡秀一役)**を演じ、一気に知名度が上昇します。
小田井涼平さんは俳優業と並行して歌手活動にも挑戦し、2007年には“スーパー銭湯アイドル”として知られる純烈に加入。
低音ボイスと長身のビジュアルでグループの人気を支え、紅白歌合戦出場にも貢献しました。
2022年に純烈を卒業後は、俳優・タレントとして個人活動を継続し、舞台、ドラマ、バラエティ、ラジオなど幅広いジャンルで活躍しています。
| 年代 | 活動内容 |
|---|---|
| 1990年代後半 | 家電メーカーに就職後、ひとりだけ仙台勤務に。友達作りのためにモデル事務所所属 |
| 1999年頃 | モデルとして活動開始(広告・ファッション誌など) |
| 2001年 | 上京し、俳優活動を本格化 |
| 2002年 | 『仮面ライダー龍騎』北岡秀一/仮面ライダーゾルダ役でブレイク |
| 2003〜2006年 | 舞台・ドラマ・映画などで俳優として活動 |
| 2007年 | 男性歌謡グループ「純烈」に加入 |
| 2010年代 | 純烈として全国のスーパー銭湯・健康センターを中心に活動、人気上昇 |
| 2018年 | NHK紅白歌合戦に純烈として初出場(以降も複数回出場) |
| 2022年4月 | 純烈を卒業(“卒業ライブ”を開催) |
| 2022年〜現在 | 俳優・タレントとして個人活動。舞台、ドラマ、バラエティ、ラジオなどに出演 |
小田井涼平さんが純烈を脱退した理由は、50歳という節目を迎えたことで「次の人生へ進みたい」という思いが強くなったそうです。
純烈として活動する中で、2018年の紅白歌合戦出場という大きな夢を叶えたことで、小田井涼平さんの中に“一区切り”という感覚が生まれ、本人は「紅白に出た瞬間から、いつかは区切りをつける時が来ると感じていた」と語っています。
また、年齢差のあるメンバーへの配慮も大きく、最年少の後上翔太とは16歳差があり、「このまま続けて若いメンバーの足を引っ張るのは嫌だった」と率直に述べていました。
純烈は激しい全国巡業が続くグループであり、体力的な負担も無視できなかった。彼は「60、70になった自分を想像したとき、今のうちに次の選択肢を作っておきたい」と将来を見据えていました。
本来は50歳のタイミングで脱退する予定でしたが、コロナ禍で公演が延期され、ファンのために時期を調整したうえで2022年に卒業。
会見は終始円満で、メンバーとの関係も良好なままグループを離れました。
純烈メンバーの学歴は以下のとおりです。
| 名前 | 最終学歴 | 出身大学 | 出身高校 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 酒井一圭 | 高卒 | 進学せず | 千葉県立柏西高等学校 | 元戦隊ヒーロー俳優 |
| 白川裕二郎 | 高卒 | 進学せず | 神奈川県立新栄高校 | 元力士(北勝虎) |
| 後上翔太 | 大学中退 | 東京理科大学(中退) | 桐朋高等学校 | メンバー随一の高学歴 |
※詳細は名前のリンクから確認できます。
小田井涼平とLiLiCoの出会い
2017年1月16日放送のフジテレビ『ノンストップ!』で純烈が特集され、そのVTRを見たLiLiCoさんが、「小田井さんがタイプ」と番組内で発言。
この“直感発言”がすべての始まりでした。
その後、2人は別番組で初めて対面。
小田井さんが「選んでいただきありがとうございます」と挨拶し、帰り際にLiLiCoさんが連絡先を書いたメモをスタッフ経由で渡して連絡先を交換しました。
初デートは食事をしたそうで、しかもその日のうちに交際が始まるという“超スピード展開”。
交際から間もなく2017年に婚姻届を提出しましたが、この時点では公表せず、周囲にもほとんど知らせていなかったそうです。
そして2018年4月2日『ノンストップ!』で純烈が番組に出演した際、小田井さんが突然、「僕の奥さんはLiLiCoさんです」と生放送で発表。



スタジオ騒然、ネットも大盛り上がり!
入籍から約2年後の2019年、LiLiCoさんの故郷であるスウェーデンで結婚式を挙げました。



2017年に極秘入籍 → 2018年に生放送で電撃発表 → 2019年にスウェーデン挙式という、まさに“芸能界のシンデレラストーリー”です。







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