坂口涼太郎さんは小寺小学校を卒業後、太山寺中学校・茅ヶ崎高等学校に進学しました。
高校生の時に森山未來さんが出演・主演するダンス公演にダンサーとして出演したことがきっかけで、俳優として活動を開始。
大学には進学せず、専門学校の文化服装学院に進学しましたが、芸能活動に力を入れるために中退しました。
そんな坂口涼太郎さんについて、どんな学生時代を過ごしていたのか、学歴や偏差値はどうなのか気になる方もいると思います。
そこでこの記事では、坂口涼太郎さんの学歴(大学・高校・中学校・小学校)や幼少期や学生時代のエピソードについて調査しました。
- 坂口涼太郎さんの学歴一覧(大学・高校・中学校・小学校)
- 坂口涼太郎さんの学生時代や幼少期のエピソード
坂口涼太郎の学歴一覧!大学・高校・中学校・小学校
坂口涼太郎さんの学歴一覧はこちらです。
【学歴一覧】
大学:進学せず(文化服装学院に進学も中退)
高校:茅ヶ崎高等学校(最終学歴)
中学校:太山寺中学校
小学校:仁川学院小学校・小寺小学校
僕も小学二年生までキリスト教の学校に通っていたので、当時の記憶が蘇ってきた
— 坂口涼太郎 (@RyotaroSakaguTw) June 28, 2019
僕は人が祈る姿が一番美しいと感じるのだけれど、今思うとあの頃毎朝礼拝をして賛美歌を歌ったりしたことが影響しているのかもしれない
ぷにぷにのほっぺたに触りたかった👼#僕はイエス様が嫌いhttps://t.co/VEpqfMP3vK
小3のときに父の仕事の都合で神戸へ移り住む。
引用:週間女性PRIME
神戸の引っ越し先は自分が育った街として、神戸市西区学園西町と話しています。
ふるさと兵庫に帰ってきたわけやし、この機会に10数年ぶりに私が育った街、神戸市西区学園西町にある学園都市に帰ってみようかなと思っていたところ
引用:ミモレ
兵庫県にあるキリスト教の小学校で共学の小学校は仁川学院小学校になるので小学2年生までは仁川学院小学校に通っていたと思われます。
神戸市西区学園西町の小学校と中学校の学区は小寺小学校と太山寺中学校になるのでこの学校に通っていたと思われます。
また坂口涼太郎さんの学歴に関する内容のほか、大学・高校・中学校・小学校それぞれのエピソードも見ていきましょう。
坂口涼太郎は大学に進学せず文化服装学院へ!しかし中退
【文化服装学院】
| 【学歴】 文化服装学院 | |
|---|---|
| 偏差値 | 専門学校のためなし |
| 学校の場所 | 東京都渋谷区代々木3丁目22−1 |
| 他の有名人 | コシノジュンコ(ファッションデザイナー) emma(モデル) |
【学歴】坂口涼太郎さんは大学には進学せずに専門学校の文化服装学院に進学しました。
坂口涼太郎さんの学歴のほか、専門学校でのエピソードもみていきましょう。
文化服装学院を中退していた
坂口涼太郎さんはご両親に「学校は行ったほうがいい」と言われ、興味のあったファッションの勉強をするために
文化服装学院に進学をしたと話しています。
高校を卒業した坂口は「学校へ行ったほうがいい」という両親のすすめで、興味のあったファッションを勉強するため文化服装学院へ入学した。
引用:週間女性PRIME
文化服装学院でファッションの勉強をしている途中で「服を作る側じゃなく、着る側になりたいんだ!」と思ったそうです。
坂口涼太郎さんは、高校から芸能事務所に所属していて文化服装学院に通いながら映画やドラマに出演していました。
バイトの頭髪ルールで転機
#誰が本物連れてこいと言ったよとなったキャラ
— SIN (@rgm79v2) June 3, 2024
映画「ちはやふる」のヒョロ君
オーディションで #坂口涼太郎 君が来た時に、スタッフが爆笑したって話は本当なの? pic.twitter.com/p9SEmoND33
当時居酒屋でバイトをしていたのですが、頭髪に厳しく耳にかかる髪型がダメだったそうで思い切っておかっぱにしてみたら、自分でも思うぐらい似合っていました。
坂口涼太郎さんは、おかっぱにしてからオーディションを受けると、たくさん合格するようになったと話しています。
当時、アルバイトしていた居酒屋が頭髪に厳しくて、耳にかかる髪型が禁止だったんです。そこで、思い切っておかっぱにしてみたら、自分でも案外しっくりきた。そこからオーディションもたくさん受かるようになったんですよね。
引用:Yahoo!ニュース
また坂口涼太郎さんは、映画『ちはやふる』でヒョロくん役として注目を集めました。
『ちはやふる』の漫画を読んでいて、自分に似ているキャラがいる!と思いながら漫画を読んでいました。
ある時、友人の紹介で原作者の末次由紀さんとお会いする機会があり、その時に末次由紀さんが「ヒョロくんだ!ヒョロくんが生きてる!」と言ったそうです。
坂口涼太郎さんは、冗談で”実写化するときはヒョロくん役やらせてください”とお願いしていたら、本当に実写化することになり特別な出会いだったと話しています。
もともとマンガを読んでいたり、(原作者の)末次先生にもお会いしていたし、冗談で『実写化するときはヒョロくんお願いしますね』と言っていたら本当に実写化することに。特別な出会いでした
引用:MAN TAN WEB
学歴マニア監督も坂口涼太郎さんを見た瞬間
ヒョロくん役『決定』って思ったんだって!



坂口涼太郎さんのヒョロ君役
漫画から出てきたと思ったよ!
【最終学歴】坂口涼太郎の出身高校は茅ヶ崎高等学校
【茅ヶ崎高等学校】
| 【学歴】 茅ヶ崎高等学校 | |
|---|---|
| 偏差値 | |
| 学校の場所 | 〒253-0042 神奈川県茅ヶ崎市本村3丁目4−1 |
| 他の有名人 | ヒカキン(YouTuber(中退)) 石坂有紀子(ビーチバレー選手(五輪代表)) |
坂口涼太郎さんは、お父さんの仕事の都合で中学卒業後、神奈川県茅ケ崎市へ引っ越しをしています。
また高校時代は学ランを着ていたと話していました。
僕は、中学はブレザー、高校は学ランだったので両方味わえてよかった。
坂口涼太郎さんの最終学歴は高卒となります。
学歴のほか、高校時代のエピソードも見ていきましょう。
ライブ活動を始めた
音楽の授業で1人1人自由に発表する機会があり、当時引越ししたばかりで周りとノリが合わずふさぎ込んでいた
時期だったので、坂口涼太郎さんは今の気持ちを歌にして発表をしたところクラスの皆が感動して、中には泣いてくれる人がいたそうです。
中学まで神戸にいたのが高校に入って茅ヶ崎に移ったら、ノリが通じずふさいでたんです。音楽の時間に一人ずつ発表する機会があって、その気持ちを歌にしたらみんなが感動してくれて、泣いてくれる人までいて。それからライブをするようになりました。
引用:読みテレ
坂口涼太郎さんは自分で作詞・作曲した楽曲をピアノの弾き語りで動画配信していました。
ライブハウスやイベントでもオリジナル曲を披露していたそうです。
今でも坂口涼太郎さんは、シンガーソングライターとして弾き語りや、ライブイベントに出演をしています。



坂口涼太郎さん
音楽で感動させられるのすごい!
高校で芸能デビュー


引用:ステージナタリー
坂口涼太郎さんは、高校2年生の時に森山未來さんが主演・出演をした『戦争わんだー』にダンサーとして出演しています。
夏休みに1人で神戸に行き、ホテルに宿泊したり森山未來さんの実家に居候をしながら、稽古と本番に全力を尽くしました。
お母さんの友人でがん闘病中の方が、坂口涼太郎さんの「戦争わんだー」を観覧して
「延命治療をやめようと思っていたが、もうちょっと生きてみたいと思ったから続けることにした」と言ってくれたそうです。
坂口涼太郎さんは、自分のやってることで人の気持ちを動かせたのはすごい!やってよかったと思ったと話しています。
自分のやってることで人の気持ちを動かせたのってすごいな、やってよかったと思って、決意が固まりました。
引用:週間女性PRIME



坂口涼太郎さん
人の心を動かせるなんてすごい!
高校3年生で芸能事務所キューブに所属


引用:週間女性PRIME
「戦争わんだー」で俳優の方が1人だけ参加していたそうでその方が八十田勇一さんでした。
坂口涼太郎さんは「戦争わんだー」で演じたのは『すずめ役』で演出上しゃべることが出来なかったのですが
坂口涼太郎さんのダンスを見ていたら、すごくしゃべりたそうに見えたそうです。
八十田勇一さんが坂口涼太郎さんに、「俳優になれば、踊れるし、喋れるし、歌えるよ」と教えてくれました。
その時ミュージカルに出ることが夢だった坂口涼太郎さんは、ミュージカルも歌と踊り、お芝居ができないと
だめだと思い、芸能事務所に所属することを決意したと話しています。
ミュージカルも歌と踊りとお芝居、全部できなあかんよな。どこが欠けてもあかんよな」と思い直し、さらに、ミュージカルに出るためにはどうやらまず芸能事務所というところに入ったほうがチャンスがある
引用:ミモレ
また坂口涼太郎さんは、高校3年生の秋に八十田勇一さんが出演した舞台を見に行った際に、個性豊かな俳優さんがいると思い、事務所を調べてみると、【芸能事務所キューブ】でした。
坂口涼太郎さんはオーディション雑誌を買って、プロフィールを書いてキューブに応募したそうです。
キューブより連絡があり面接を受けて、みごと合格しキューブに所属しました。



八十田勇一さんは同じ事務所になって
びっくりしたんだって!



坂口涼太郎さん
合格おめでとう~!
坂口涼太郎は太山寺中学校の出身
【太山寺中学校】
| 【学歴】 太山寺中学校 | |
|---|---|
| 偏差値 | 公立のためなし |
| 学校の場所 | 兵庫県神戸市西区学園東町2丁目2−2 |
| 他の有名人 | 栗山 巧(プロ野球選手) |
【学歴】坂口涼太郎さんの出身中学校は太山寺中学校の可能性が高いです。
学歴のほか、中学時代のエピソードもみていきましょう。
ダンススタジオに通っていた
坂口涼太郎さんはミュージカル俳優になる!と言っていたのに、なにも行動に移さずにいました。
そんな坂口涼太郎さんに痺れを切らしたお母さんは「ミュージカルに出たいと言いながら何もしてない、出るためには踊れないとダメでしょ!」と叱咤し、近所のダンススタジオを探してくれたそうです。
坂口涼太郎さんは部活動をしていなく、学校が終わるとほとんど毎日スタジオモダンミリイに行っていたそうです。
スタジオモダンミリイではさまざまなダンスを教えているそうで、最初はジャズダンスを習っていましたが
ミュージカルに出たいと伝えると、タップダンスやバレエなどのダンスレッスンを受けていたと話しています。
ジャズダンスから習い始めたが、「ミュージカルに出たい」と公言していた坂口はタップやバレエなどさまざまなダンスのレッスンも受けるようになる。
引用:週間女性PRIME



坂口涼太郎さんの帰りが遅いと
お父さんが迎えに来てたんだって!



坂口涼太郎さん
ほぼ毎日通ってたのすごい!
中学3年生でダンス公演のスタッフに
坂口涼太郎さんは、稽古場や舞台セットの仕込み、ダンサーの皆さんの出ハケ確認、代役として踊ったりなどなんでもやっていたと話しています。
私の役目は稽古場や舞台セットの仕込みやダンサーのみなさんの出ハケを確認したり、代役として踊ったり、ダンサーの皆さんが暗転中に安全にハケて来られるように幕の裏から明かりを照らしたり、衣装の早替えや洗濯を手伝ったり、舞台や楽屋を掃除したり、とにかくなんでもやった。
引用:ミモレ
坂口涼太郎さんは中学の卒業式が終わったらすぐに劇場に行き、全身真っ黒の服に着替え舞台袖で公演を見ていました。
稽古の時からずっと見ていたので、振り付けは完ぺきに覚えていて本番中の真っ暗な舞台袖で踊っていたそうです。
その光景を舞台監督さんが見ていたのですが、そのまま踊らせてくれたと話しています。
舞台に向かって3歩いけばスポットライトが当たり、お客さんの前に立てますが、その3歩が果てしなく遠く感じたそうです。



坂口涼太郎さん
悔しかったそうで、「マツケンサンバⅡ」をもすごい
熱量で歌って踊って発散させたんだって!



相当悔しかったんだろうな~
坂口涼太郎は仁川学院小学校・小寺小学校の出身
【仁川学院小学校】
【小寺小学校】
| 【学歴】 仁川学院小学校・小寺小学校 | |
|---|---|
| 偏差値 | 公立のためなし |
| 学校の場所 | 仁川学院小学校 兵庫県西宮市甲東園2丁目13−9 小寺小学校 兵庫県神戸市西区学園西町5丁目5 |
| 他の有名人 | 仁川学院小学校 貴景勝光信(力士) 小寺小学校 大元朱菜(バレーボール選手) 栗山巧(プロ野球選手) |
【学歴】坂口涼太郎さんは仁川学院小学校から小寺小学校へ転校しました。
学歴のほか、小学校時代や幼少期のエピソードもみていきましょう。
ミュージカル俳優に目覚めた!


引用:週間女性PRIME
小学校4年生の時にお母さんに連れられて「CATS」を見に行きました。
坂口涼太郎さんは当時モーニング娘が好きでモーニング娘を見に行きたいと思っていたのですが
「CATS」を見に行くことになり、不貞腐れながら見に行ったのですが『メモリー』という歌を聴いて大号泣しました。
坂口涼太郎さんは「CATS」を見て踊りや歌の1つ1つに釘付けになり、衣装や照明やセットにも夢中になり
脈打つぐらい胸が高鳴ったと話しています。
全身タイツの人が猫をやっていることなんて何も気にならないほど私は歌い踊る猫たちに釘付けで、その踊りのひとつひとつ、歌のひとつひとつ、衣装や照明やセットのひとつひとつに息を呑み、呼吸することを忘れ、心拍が十六分音符のリズムで脈打つほど胸が高鳴っていた。
引用:ミモレ



坂口涼太郎さん
開演して一気にみいったんだって!



坂口涼太郎さん
「CATS」が原点なんだ!
肌のコンプレックスがあった
他の人から見られたり、自分で自分の姿を見るのも嫌で外に出るのが嫌いだったそうです。
小学校1年生の時にクラスメイトとお互いに握手をして自己紹介をする授業があり、クラスメイトに
「アトピー触ってもうつらない?」と聞かれ「うつらないよ」と笑顔で答えました。
その後、自分は誰かにとって触りたくない人間なんだと思ったそうです。
お母さんの賢明な支えがあって漢方と食事療法によって7歳のころに克服したと話しています。
人に見られるのも嫌だし、自分で見るのも嫌だし、外に出るのも嫌だし、寝てるだけでもつらいし、食べたいものも食べられないし。でも母が探してきたお医者さんの漢方薬と、かなりストイックな食事療法によって7歳ぐらいで克服しました。漢方薬、ホントまずくてつらかったです
引用:週刊女性PRIME



お母さんのおかげで良くなってよかった!
坂口涼太郎さんは今でも敏感肌と向き合っているそうで、スキンケアは美容よりも健康のためにやっています。
肌だけではなく、容姿にもコンプレックスがあり、自分自身とどう向き合っていくかを試行錯誤したようで
自分自身を受け入れて愛していくにはどうしたらいいのか、鏡の前でどのように笑ったら美しく見えるのか?を研究していました。
坂口涼太郎さんはその努力のおかげで、自分が嫌いだと思う部分程、それが自分であり特筆すべき一部であると思えるようになり、
今では、自分が一番好きだし、美しいと思っていると話しています。
自分が嫌だなとか変えたいなと思う部分ほど、それが自分であるという、特筆すべき一部であるように思えてきて。今では、現在の自分がいちばん好きだし、美しいと思っているし、愛しているという感じですね
引用:東洋経済



坂口涼太郎さんいわく、
「自己肯定」じゃなくて
「自己認識」が大事なんだって!
以上、坂口涼太郎さんの学歴についてお届けしました。
【学歴一覧】
大学:進学しなかった
高校:茅ヶ崎高等学校(最終学歴)
中学校:太山寺中学校
小学校:仁川学院小学校・小寺小学校
坂口涼太郎さんは、同じく個性派俳優として注目されているのが加藤諒さんです。
2人は同じキューブ所属で、若手俳優ユニット「C.I.A」の活動でも共演することが多く、舞台やイベントなどで顔を合わせる機会もあります。
加藤諒さんの学歴や学生時代については、以下の記事で詳しく紹介しています。
坂口涼太郎の経歴!学生時代から活動
坂口涼太郎さんの経歴はこちらです。
| 年 | 内容 |
|---|---|
| 2007年(17歳) | ダンス公演『戦争わんだー』で初舞台(森山未來主演) |
| 2010年 | 映画『書道ガールズ!! わたしたちの甲子園』で俳優デビュー |
| 2016〜2018年 | 映画『ちはやふる』シリーズでヒョロ役を演じ注目を集める |
| 2019年 | NHK朝ドラ『なつぞら』出演 |
| 2020年 | 花王「アタックZERO」CM出演で話題に |
| 2020年代以降 | ドラマ・映画・CMで個性派俳優として活躍 |
| 2025年 | 愛の、がっこう。 |
- 名前:坂口涼太郎
- 生年月日:1990年8月15日
- 出身地:兵庫県神戸市
- 血液型:B型
- 身長:172㎝
- 国籍:日本
- 所属事務所:株式会社キューブ
- 趣味・特技:読書、ピアノ弾き語り、ダンス、英語
- 憧れの存在:窪塚洋介


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